記憶の技法
」のレビュー

記憶の技法

吉野朔実

記憶と真実と嘘と本音が織りなす物語

ネタバレ
2021年8月31日
このレビューはネタバレを含みます▼ フォローさんのレビューを拝見して、「戸籍」「実子でない」「真実を知る」というワードが引っかかりました。この手の話は気になりつつ、自分にとっては難しいです。ともすると、冷めた感覚が読むことを遮断させることもあります。
蜩の声が聞こえる冒頭、確かに音が記されているのに、静けさを感じます。そして、女子高生のかしましさと男子も交えた賑やかな空間から転換する「わたしを消して」の異質さ。これは一体何なのだろう?主人公・華蓮にとても興味を惹かれます。
パスポートを作るために必要な戸籍抄本を目にした華蓮は、それに違和感を覚えます。違和感の正体を探る華蓮。一番古い記憶は、自分自身のものなのか、それとも親に聞かされてそう思い込んでいるのか。深まる謎。
華蓮は自分のルーツを探すために旅を計画します。無謀に思える旅を手助けしてくれるのは、友達ではない同級生の怜。2人のやり取りが、特に、怜の言葉がいちいち刺さります。一貫して感情の起伏を感じさせない彼の語りが、かえって胸に残って仕方がありません。生い立ちは彼自身が語っているけれど、どんな暮らしをしてきたのか。寝台列車での会話と卒ない手際、市役所でのこなれた態度、戸籍係を「ちょっとエッチな感じ」と言ってのける様、何より、嘘のつき方を知っている彼こそ何者なんだろう、と目が離せなくなります。
そして、華蓮が思い出した真実。あぁ、そこに行きつくまでの流れも、なんて秀逸。「幼稚園児にしては大きくない?」と思った私は、作者さんの技法に唸ります。幼稚園児の姿に戻った彼女が目にしたものの衝撃と、再会。アルバムを持ち出した彼も、その後どんな暮らしをしてきたのだろう。アルバムは、彼にとって一番苦しい持ち物だったと思う。華蓮と向き合う彼の表情が何とも言えない…。
駅のホーム、帰る場所を見つけた華蓮とまだ見つけられない怜。怜の頼みと2人の姿に胸が詰まります。涙が込み上げてきましたが、なぜだかグッとこらえてしまいました。孤独さを比すれば、「同じ」などと言うのは気が引けますが、ただ、彼らの想いを上からでも下からでもなく、同じ場所で感じたいと思うと、泣くわけにはいかないような気がしてしまいました。
本当に素晴らしい作品だと思いました。別のフォローさんがレビューされていた遺作品集も読みたいなと思います。紹介してくださったフォローさん方、ありがとうございます。
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