透明人間の失踪
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透明人間の失踪

吉野朔実

『記憶の技法』の怜を追って

ネタバレ
2021年9月1日
このレビューはネタバレを含みます▼ 『記憶の技法』に登場する怜の小学生時代の作品がこちらに収録されていると知りまして、購入しました。
▲「霜柱の森」怜のお話です。『記憶の技法』で彼自身が話していましたが、青い目を持って生まれた彼は、母親に「神様の御印」とされ、母親の言う通りの生活を送っています。彼はそれを「できあい(溺愛)」と言う。母を「毒親」と一言では片づけられず、信仰とは、洗脳とは、と考えてしまいます。母親にとっての「神」は、自分を保つ拠り所です。ただ、盲信は周りを見えなくしてしまい、怜自身のことも見ていない。
怜は、この頃、嘘に本当を混ぜることを考え付いたのですね。霜柱踏みで勝手に勝負する彼も、人の家のカレーを食べたいと思う彼も、サッカーの試合に出たいと思う彼も、とてもいい。でも、彼が純粋に求めることなんて、もうないのだと思います。
兄から「神様はただ見てるだけ」と言われた彼が感じたのは、落胆だったのか、安堵だったのか。どちらにしても、彼は、「ただ見てるだけ」の神はやめたのです。そして、さらに傷を深めていくのでしょう。華蓮に出会うまで。
▲「アンナ・O」まるで夢と現実のパラドックス。目を離せない彼は、あの後どうしたのだろう…。
▲「女子高校生殺人日記」いつ糸が切れてしまうのか、いつその死神が鎌を振るうのか…果たして、それぞれが抱える闇は晴れたのか?分からないラストがどうしても怖い。
▲「粉ミルク」人の弱さを突き付けられたような、お話でした。
▲「透明人間の失踪」そもそも、目に見えないはずの透明人間の失踪なんてどういうことだ?と思ったのです。読み進めると分かる、透明人間の意味。透明人間の彼も、透明人間の正体を突き止めた彼女も、"他の誰か"になることができたはずだけど、他の誰でもない、自分で選んで"その人"になってしまった結末。
「恋愛家族」インパクトと勢いがすごい。私自身も一蹴された感じです苦笑。
全作品を通して、作者さんの世界観に惹かれます。2003年の短編集ですが、孕む社会的な問題は、今も何一つ変わっていないな…と思わざるをえません。読んですっきりした気持ちにはなりませんが、この独特な世界を知れたことは、とてもありがたいです。あぁ、また長文…。

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