夜を走り抜ける
」のレビュー

夜を走り抜ける

湖水きよ/菅野彰

人を愛するという事は。

ネタバレ
2021年12月6日
このレビューはネタバレを含みます▼ 作者様買いです。湖水先生の湖ではなく『沼』にハマりました。『座敷童子』に始まり、『馬鹿で愚図~』『耳鳴りとめまいと悪寒について』でどっぷり首まで沼にはまって、この作品でついに溺れそうです。先生の作品の放つ空気感が好きで、魔法をかけられたように、一瞬にしてその世界観に引き込まれてしまいます。『耳鳴りと~』のレビューで書いたように、主人公達が魂の奥底から呼び合うような、どうしても惹かれてしまうその心の惹かれ方が、自然で素晴らしいんです。この作品でも、同じような感覚に陥りそうでした。
少年時代に受けた心と身体の傷は、トラウマとなっていつまでも苦しめられる美術商の晴生。一つの大きな罪が、幾人もの人生を大きく狂わせてしまう…
誰も愛せず、愛するという事さえわからなくなってしまったような気がします。夜に怯え、近づく者への不信感は心の休まる事がなく、眠れぬ夜を過ごすのはとても辛いもの。そんな晴生の心を解放していく彫塑家の虎一だけが、自然に受け入れられたのも邪心がないからなのでしょうね。心を許せる存在は大きい。虎一もまた、闇の中でもがき苦しむ晴生に感情が揺さぶられ、心を奪われていくのも必然のような気がします。それは互いに『恋に落ちる』と言うような簡単なものではなくて、これこそが『求め合う魂の呼応』なんだと思えて仕方ないのです。これぞ湖水先生十八番の世界観だと思います。
たった17歳で心を殺されてしまった晴生。愛を知らず、夜の恐怖の中で生きる事は、死んだように生きる事。だけど、虎一との関わりの中で、人を愛する気持ち、愛される喜びを知り、虎一によって『生』の世界へ引き戻された事が何よりも幸せで良かった。「怖い事が増えた」という晴生の心は、きっと初めて人を愛して、初めて人を失う事の怖さを知ったのかもしれませんね。それが愛なのですよね。
贋作の事件で互いを守ろうとした事も、深い心の繋がりに感動です。晴生もようやく泣けて良かった。愛ですよ、愛。くぅ~、しびれます。
愛した人に抱かれる喜びも、初めて知る喜びと幸せで素敵な一夜になったでしょうねぇ。うん、素敵。

薫子さんも、宝生社長も本気で愛していたに違いないけれど、それぞれの魂を呼ぶ相手が違っただけ。心から愛してくれる人に巡り会いますように…
黙って側で見守ってきた高嶋さんも素敵でした。誰より、晴生の幸せを願っていたのは妹さんだと思います。
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