あおに鳴く
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あおに鳴く

描かれていない所で感動を増幅させられた

ネタバレ
2023年2月13日
このレビューはネタバレを含みます▼ 描かれていないけれど想像できてしまう「事」があまりにもエモい作品だと思いました。

例えばカバーデザイン。モールス信号でタイトルが入っています。そして巻頭のカラーでは飛行艇の操縦士が切羽詰まっています。
第二次世界大戦での特攻隊は、突撃命令のモールス信号を受け取った後、激突するまでキーを押しっぱなしだったそうです。音が途絶えた時が息絶えた時なんですね。
本編では特攻隊員であったとは言及されていません。しかし表紙でのモールス信号で想像してしまう。捨て身の命が時を超えて救われるほどの『何か』があるのだと一気に想像できてしまう、とても見事な導入部です。
そして特攻隊だったであろう事が全編を通して「菊」という人物の立つ瀬を危うく儚い土台として読み進めてしまいました。

最短69年の時を跨いで出会った2人のやり取りが、可愛らしくて楽しげです。しかし切なさがずーっと付いてまわります。
それと剣道。初めて菊が竹刀を構えた姿に剣道着を着た姿をダブらせたり。司郎の構えを正面から受けた時とか、とにかくたまんない。刄に向かって身一つで相手の懐に攻めに行くのが特攻隊と被ったりてしまいました。

他に、菊が最初に食べた食事は、菊次郎が最後に司郎と共に植えた野菜だったのかなぁとか。
菊次郎は鴻と心中するつもりで失敗したか思い切れなかったのか、とか。そこまでの気持ちがあったってことはヤってたんだろうなとか。
ただ妻子を愛せないだけではなく他に全身全霊で愛する人を思う旦那と一緒にいるってかなりキツいよなぁとか。在らぬ想像で頭パンパンです。。。

司郎、菊次郎、重澄の気持ちが重くて湿気っているのに対し、鴻はひたすら真摯で真っ直ぐに感じます。時代を超える軽やかさが重力を感じさせないのかもですが。

さて、鴻の落とし前はどうやってつけたのでしょうか?突撃命令を無視した形で戻った鴻を優しく迎える時代では無かったと思います。そこから、司郎と両親が笑顔の写真を残せるように菊次郎を変えるのは、相当の苦労や努力、信念があったに違いありません。それはひとえに司郎への愛ゆえだとしたら、このお話は素晴らしいハッピーエンドだと思いました。(戻ったのが冒頭の時空だったとしたら…なのですが、それ以前に戻ったとしても色々と想像できるのが良きです。)
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