仇なれども
」のレビュー

仇なれども

剛しいら

蛍飛ぶ初夏の夜から永き離別の夜を経て再び

ネタバレ
2023年10月16日
このレビューはネタバレを含みます▼ 私達は人を殺傷することのできる凶器や武器を持つことは先ずない。警察官や自衛官などの限られた職業の者だけが時と場合によって許されている。
徳川時代以前の武士にとっては、刀を常に携行することで己と人の生死は常に意識の内にあるものだっただろう。しかし、実際に己の手で人を死に至らしめた時に感じる葛藤は想像を絶するものだったに違いない。
三橋一磨は、真影離心流を修練していたものの実際の真剣勝負を経験したことはなかったはずだ。それが、一夜にして、二人を亡き者にせねばならない己の命運を知って覚悟を決めてそれを実行した。何という決断力と並々ならぬ精神力を持っている漢だろう。それは、鷺沼錦と其の父に及ぶ禍を絶つためだったからこそ出来たことだと言えよう。
その後の脱藩と幕末の動乱や明治維新の定まらぬ世の中において、その時々に応じて最善の道を選んで生き抜いてきた。そして、陰ながら錦を見守ってきた。青海塾生だった頃にして来たように。
遠く離れていても何年が過ぎようと互いを想う気持ちは少しも変わらない。いや、寧ろ会えないからこそ想いは募るのだろう。
錦にとっては、八年ぶりに漸く会えたのにすげなくされたり思いとは裏腹な言葉や態度を示されても一磨からの尽きせぬ思いは何かにつけて感じられるのだ。諦めきれぬからこそ相手の懐に飛び込んで往くのだ。
一磨は、ここに来て再び錦の父兵衛を暴漢の手から守る。本郷から八年前の友衛の死の真相を知らされ御公儀宛の念書を見せられて、兵衛は一磨が如何に多くのものを救ってくれたのかを知る。自分の身を犠牲にして。そして、友衛が人として歪んでしまったのは父である己自身に責任があることに思い至る。錦と同じように可愛がってやれなくてすまなかったと心の中で友衛に謝る。親や親に代わる人に愛されないこどもは真面に育たない。
錦は医者を目指すと言う。一磨は警視として治安を守る。もう、これより先、離れることはない。死が二人を分かつまで。
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