取るに足らない僕らの正義
」のレビュー

取るに足らない僕らの正義

川野倫

なんか目が濡れていた

ネタバレ
2024年7月12日
このレビューはネタバレを含みます▼ 一巻完結ながら充実した内容であり、登場人物たちの人生やシンガーソングライターである多野小夜子の曲になぞらえたそれぞれの話の展開の仕方は、まるで映画を見ているようでした。
ストーリーとしては、〝多野小夜子〟という人物に影響された登場人物たちの人生の一部と、多野小夜子自身の人生の一部を、小夜子の曲と組み合わせて展開されていくお話です。
もちろん一読目も良かったですが、この作品はとても深い内容であり、何度か読み返すことで理解を深めていく話なのだと思いました。とくに主人公?である小夜子の心情が全くダイレクトに描かれていないため、小夜子の書いた曲とその生き様が、読み手の私たちに様々なことを語りかけてきます。読後感がなんとも言葉では言い表せられないような気持ちになりましたが、気がつけば涙が溢れていました。
みんなが、〝多野小夜子〟という才能があり魅力的で〝特別〟な女性を、愛し、好み、嫉妬し、妬む…。小夜子を知った人間はみんな彼女に心を揺さぶられていました。
だけど結局みんな才能や魅力のある小夜子の表面上のところでしか小夜子を見れてはいなかったのですね。小夜子の抱えていた孤独や絶望を誰1人理解しようとしなかったし、そもそも知ろうとしなかった。小夜子の表面上の輝きに、みんなが自分勝手な感情を押し付けていたから。誰も小夜子の悲しみや苦しさに気づけなかった。そこが本当に悲しかったです。
だけど小夜子もその他の登場人物たちも、みんな精一杯生きている。自分が自分を守るために必死なのです。だから結局誰のことも責めることはできない。それもなんだかやるせなくて苦しいところです。
それでも、小夜子の歌が誰かを救っていたのは紛れもない事実。自分の経験が誰かを癒していたことを信じて欲しかったです。小夜子は自分が凡庸だと気づいた時に挫折してしまったようなので、自分の歌が誰かを良い方向に変えていたことが、信じられなかったのかもしれないですね。
小夜子はどんな風に歌を歌っていたのかすごく聴いてみたくなりました。どうしたら小夜子の人生を変えてあげられたのだろう。読後の今はそれを考えて続けています。
いいねしたユーザ1人
レビューをシェアしよう!