路傍のフジイ
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路傍のフジイ

鍋倉夫

共感は必要なのか?

2024年9月5日
この男に対して共感は必要なのか
漫画の主人公としては酷く突き放したように見えるその造形だが、よく観ればそこかしこに見える常識外れの「優しさ」が現れてくる。それに救われ、何かを見出すキャラクターたちからしてみれば、彼こそまさに主人公なのだ。
過干渉や不要な詮索をしないこと。
自分の生き方(人生の喜び)を確立していること。
自分というものをブラさずに他人と付き合うこと。
一見無個性な彼がいかに個性的でダイナミックに人生を謳歌しているか、社交的でそつなく人と付き合う人物がいかに無自覚に人を傷つけ、無個性な生き方を繰り広げているか
それを暴き立てる藤井の態度に幾度となくハッとさせられる。
…が、しかし頭ごなしに否定しないこの作品のスタンスはひたすらに心地良い。社交的な彼の生き方を悪様に描かず、ちゃんとそれはそれとして肯定的に捉えているのも、実にバランス感覚が優れており、所謂エコーチェンバーとは真逆の姿勢のこの作品に深い敬意を評したい。
個人的に深く感銘を受けたのは、一巻の傘のシーン。「普通」ならば、傘を彼女に差し出して自らは濡れるも辞さないといった「ええ格好しい」な美味しいシチュエーションだ。が、彼は「一緒に」という。必要以上の自己犠牲を「自分」に強いることなどしない(他人にそれを押し付けない)、しかし突然の事態には身を挺することのできる強さに、わしり…と心を掴まれてしまった。そう、こいつは自然体で優しいのだと。もっとも信用できる人間の在り方の権化のような存在…やはり彼は主人公だった。紛れもなく。
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