夏目アラタの結婚
」のレビュー

夏目アラタの結婚

乃木坂太郎

まさかここまで泣かされるとは思わなかった

ネタバレ
2024年10月5日
このレビューはネタバレを含みます▼ 冒頭奇をてらった設定で、あっという間に引き込まれました。一時も気を抜けないギャンブルにも近い綱渡りのような緊張感が常にあって、片時も気を抜けない非常に爆発力の高い漫画です。
この物語の本筋は「品川真珠とは何者なのか?」これに尽きると思います。嗜虐性を全面に推し出しつつも、桃ちゃんの見る弱くて普通の女の子なパールが本質のように見えて、偽りで、でも本当でというような決して裏表では測れない品川真珠の複雑な精神性が非常に高い解像度かつ生々しい形で描かれます。
対するこの作品のヒーローである夏目アラタは凡庸な言い方をするのであれば、どこにでもいるチンピラ上がりの一般人です。知恵もなければ演技力もあまりなく、最初は真珠の手の上でコロコロされておりました。ですが共感性が高く、人の心、特に心に傷を負った人の心の裏を読む能力は人一倍優れています。別に真珠もアラタでなくても良かったと思うんです。ですが、真珠に真っ向から向き合って、人としてぶつかって、寄り添い続けたのはアラタだった。それだけのこと。でもだからこそ、この2人だったからこその大団円でした。
この作品、登場人物の一人一人の“家庭”をとても丁寧に描いているのが印象的でした。結婚相手が見つからなくて、何度も離婚していて、奥さんが何か隠し事をしていて、結婚なんて自分にはできないと知っていて。一つとして普通の家族などないのだと。皆どこかに言えないこと、できないこと、後悔があって、それをやり過ごしながら誰かと生きているんだと。
個人的に今作1番心を掴まれた登場人物は藤田でした。女房に逃げられ、子供もなく、寂しく暮らす中年男性の解像度が異様に高い。アラタと真珠を受け入れたのは非日常への渇望もあったでしょうが、純粋に2人を祝福する面もあったのでは思います。夕飯何がいい〜?と去っていく2人に尋ねる藤田が本当に寂しそうでまさかここであの藤田に泣かされるとは思いませんでした。被害者の3人もそうでしたが、あぁ本当に真珠は沢山の人に背中を押されて、歪でも守られていたんだと目頭が熱くなりました。
初めからずっとここから入れる保険があるんですか!?状態で、正直まさかハッピーエンドになるとは思っていませんでした。
ずっと誰かを待っていた真珠が、笑顔でおかえりと、愛している人を迎え入れられる、そんな最高のハッピーエンドを見せていただきました。
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