王子と乞食
」のレビュー

王子と乞食

河井英槻

河井先生の代表作(勝手に決定)

ネタバレ
2025年4月2日
このレビューはネタバレを含みます▼ 舞台は科学技術の発達と産業改革により世界の工場とまで呼ばれるようになった19世紀のロンドン。世界初の万博博覧会で技術を競い合う天才少年カイと古豪のバスカヴィル、その美しき愛人ユキを巡り繰り広げられる長編ラブサスペンスです。
なんと各巻250ページ超えの超大作。わたくし読むのにまる一日かかりました…

ユキという“乞食“を追い求める2人の“王子“、カイとバスカヴィル。暴力でしかユキを飼い慣らせないバスカヴィルとは対照的にカイには恵まれた才能と美貌と人徳と地位が備わっており、金と婚姻で権力を手にしたバスカヴィルとしては余計にユキを取られたくなかったのかもしれない。
手に入るもの(奥方や優秀な部下)には興味を抱かず手に入らないもの(カイに惹かれるユキ)をじわじわと追い詰める子供のようなバスカヴィル。見た目と肩書きだけは立派なせいでむしろ周囲からは施しを乞われ、愛を求められ…おそらくは誰よりも自分が愛されたかったはずなのに。
貧民街出身のユキはどちらかというとカイよりもそういうバスカヴィルに親近感を覚えていて、彼が望めば側にいてやることもやぶさかではないというのに、いかんせんバスカヴィルには他者の愛情を受け入れる皿がなく…生粋の王子さまみたいなカイの登場を機にどうすることもできないところまで歪んだように思う。
支配的暴力を辞さない飼い主と、ユキの裏切り。そして……
結果どのツラ下げてロンドンに戻ればいいのかわからずユキはカイの求愛から逃げ回るんだけれど、事情を知らないカイにしてみればそれはお姫様の気まぐれにしか見えない。しかし当のお姫様は大好きで大好きで仕方がないカイを決死の思いで諦めるつもりなのだから、立場ごとで解釈が違ってくるのが面白い。だからといってそれぞれが自分なりに行動し巻き起こったいろいろをユキが全部1人で背負うのも違うように思うから、さすがにもう幸せにおなりなさいと願わずにはいられません。ユキ自身が幸せを実感するまではずっとバスカヴィルが夢で会いに来るかもしれないね。
それでも、時間とともにあらゆる思いが代謝して、カイとユキなりの幸せを生きて行くのだろうと想像できるサムシングフォー(花嫁を幸せにするおまじない)なラストでホッとしました。
チャプターごとに挟みこまれたポエムも切ないながらにけっこう重要。登場人物の心情を推し量るものすごいヒントです。
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