トーマの心臓
」のレビュー

トーマの心臓

萩尾望都

キリスト教的「神の愛」と無性的「少年愛」

ネタバレ
2025年6月20日
このレビューはネタバレを含みます▼ 「神の愛」と≒で結ばれる存在としての「少年愛」、それがこの作品であると思います。いわゆるBLとは違うと。
「少年」という概念を結晶にしたような登場人物達が美しく、作品としては素晴らしくて星5なんです…が、4つにしているのは私が捻くれ者でキリスト教的思想を素直に受け入れられないからに他なりません。どうしてもラスト近くのバッカスの台詞や結末に頷けない。

ユーリが犯した「罪」は、「悪魔」的存在のサイフリートを「自分の意志で選んだ」(この選択はヤコブ館に向かった時点で成立してしまったと思う)ことにあり、これは唯一神を棄てたことになり、天国への門が閉ざされるレベルの大罪に当たると考えます。ユーリが受けた暴行は、強いて言うなれば「罰」であり、「罪」ではない。
トーマがしたことは、そのユーリに自分の席(天国へ行ける場所)を譲るという(自/殺は罪であり天国へ行けないという思想に基づく)、限りなく無私の「愛」であると私は思うのです。
最終的に、ユーリが進んだ方向はキリスト教的神の世界で、それがこの物語としては「正しい」と思うしそれこそがトーマの望んだ道ではあるとわかってはいても、それでも、ユーリには「トーマ本人」を選んで欲しかった……「トーマの遺した愛」を道標に「正しい」道を行くのではなく、天国に行けないトーマを追いかけて欲しかった……(メリバ好きの個人的趣味とも言えるけど)。

実は一番気に入っているキャラクターは、レドヴィ。自分だけではもうどうにもできない盗癖という業を背負い、どこか冷めた目で世界を見ている……トーマの残した文章の挟まれた本がある図書館の片隅を「聖堂」と呼ぶのは、自分を救わないキリスト教的神を諦め、トーマに宿っていた「愛」を自分の「かみさま」として選んだのではないか。唯一神の与えるひとつだけの「正解」から外れた場所にいる人間の「選択」には、人の意志が感じられて心ひかれます。
そして印象深いのは、ユーリの祖母。自分の娘を愛するが故に(それが歪なものだとしても)その結婚相手を憎み蔑むところまではまあわからなくもない…けど、さりげなく描かれている孫二人に対する「差別」はもう、戦慄しましたね……「差別」と「区別」が混同されて描かれる作品も多い中、ここまでの純然たる「差別」をここまで簡潔に描けるのは素晴らしい。こういうさりげない表現が、萩尾望都を「天才」だと思う所以です。
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