このレビューはネタバレを含みます▼
この純愛に泣いてしまいます。自分には、人を真似て、人と同じ情を獲得して、人と同じように未来に希望を見出し、相手との間に営みを育む生き物を、人間と呼ばないことはできません。心を持った生き物はそれだけで、誰かの幸せを祝福できるし、己の過ちを悔いることができてしまう。
言葉が下手なんですが、あまりにも人間の話だったな、と思って感動しました。禄斗さんなんて、人間より人間だと思います(?)。心が社会性を獲得しすぎている。日本は法治国家なので、人が罪を犯してはいけないのとか、法を守らなきゃいけないのは社会のためで、ひいてはその社会に守られている自分のためでもあるけど、帰属が人じゃない種族の生き物にその意識は必要ない。この作品に登場する寄生生物にとっては、人一人なんてこの地球上に数多存在するたった一人に過ぎない。寄生先はもしかしたら人じゃなくてもいいのかもしれないし。だとしたら禄斗さんが最後あの選択をしたのは、あまりにも人間に染まりすぎている。というより、影響先である七海さんに染まりすぎているのかも。そう考えると、禄斗さんは社会性故の倫理観で人が食べられなくなったというより、七海さんがちゃんと持っていた倫理観を写して、その選択に至ったのかな。何よりあの愛の重さも七海さんから写したものだろうし、そう考えると最後二人で落ちた先で一人になってしまったのは皮肉ですね。書いてるうちによく分からなくなってきてしまいました。七海さんの思念が強すぎたのかな。そして二人で過ごすうちに、本当に愛されるうちに、禄斗さんの愛も自立してしまったのかも。七海さんに寄り添いたいと願ってしまったのかも。もう何も分からないですけど。
禄斗さんの人間性の確立も良かったですし、故に映える七海さんの歪みがかなり好きでした。相手が死んで骨が手に入ってやっと自分だけのものになる、みたいな話を見たことがありますが、七海さんはそうして彼を手に入れることすらできなかった。その渇望していた心の隙間を禄斗さんが埋めてくれたら、依存も何でもしてしまう。自分は、情緒は勝手に育つわけじゃなくて、人の中にいて誰かから見たりもらったりして育つものだと思うので、故に禄斗さんは人間だったな派なのですが、七海さんも人間らしい方だったと思います。不完全さが人間らしさに直結している人でした。
タイトルが、ろくとなな、になってるのもいいですね。