だんだん街の徳馬と嫁
」のレビュー

だんだん街の徳馬と嫁

藤見よいこ

良い人も悪い人もいない、人物描写が秀逸

ネタバレ
2025年12月9日
このレビューはネタバレを含みます▼ 上下巻それぞれ巻末に短編が1編収録されています。本編は実質1.5巻くらいという短さなのに、ここまで伝えきれるものなのかと驚きました。舞台は太平洋戦争終結直後ですが、何気ない日常の尊さや戦争の悲惨さを訴えるような話ではなかったです。初々しい昭和の夫婦ものを期待して読むと、激しく裏切られますのでご注意を。

主要な登場人物は3人で、兄の義一、弟の徳馬、兄嫁の万火子。赤紙が届くも、戦争に行くのを嫌がる弟に、代わりに自分が行くと兄が申し出る。遺骨となって帰ってきた兄の葬式を済ませた後、徳馬は万火子を娶ります。しかし2年後、死んだはずの兄が帰還船に乗って帰って来たのでした・・・(当時、次男が長男に出征を代わってもらえたかは疑問ですが、ここは物語の重要な要素なので、脇に置いておくことにしました)

丁寧かつ的確に人物描写がされていて、3人の人となりが分かりやすいです。それぞれが持つ性質を良い面も悪い面も合わせて多角的に描いているので、誰か一人に感情移入することなく読めました。時代の荒波の中で、時に溺れかけながらも、生きることを諦めずに泳ぎ切った彼らの生き様は三者三様でした。私とは生きてきた時代は全然違うのに、読んでいて何故か他人事とは思えませんでした。作者様が人間の表面だけではなく、より本質に近いところまで描いているからなのかもしれない。無駄なシーンやセリフは無いのではと思えるくらい必要な要素だけで構成されていて、作者様が描きたかったことが真っ直ぐ伝わってきました。

印象に残っているシーンがあります。だんだん街を去り、流れ流れて大阪の街に落ち着いた義一が、行きつけの居酒屋で女将さんと話す下り。まるでこの物語を集約するような言葉を女将さんが言います。
「思いもよらないほうへ人生傾いた時、その傾きをどれだけ良いほうへ持っていけるかが、人生なんや」
事態が思わぬ方向へ転がり、受け入れ難い状況に苦しんでいる時、「何が原因でこうなった?」と考えることで現実逃避してしまいがちです。自分や他人のせいにしたり、戦争や自然災害など環境のせいにしたり。でも大事なのは、そうなった原因ではなく、今をどう生きるかなんだなぁと。
当たり前の事なんだけど、渦中にいると見失ってしまいがちなことを、改めて気付かせてくれるお話でした。
読後は人間への愛おしさが胸に溢れて、誰でもいいから抱きしめたくなりました。
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