「チ。―地球の運動について―
」のレビュー

チ。―地球の運動について―

魚豊

感動で託す物語 ポトツキに利益の一割を

ネタバレ
2026年9月17日
このレビューはネタバレを含みます▼ 15世紀、教会が天動説を公認する中、命を賭けて地動説を追及する者達の物語
主人公リレー方式で、メインを張った者達がみな異端とされて死んでいく弾圧の凄まじさ…だが、最終巻アントニ司教のメタ的発言でこの物語が史実ではないという事が暗に示される。登場人物が架空であるとかそういうレベルではなく。あったかもしれない物語とも少し違うと思う。この時期に地動説に対する弾圧はなかった。そもそも地動説への迫害が後世のヒロイズムによる過剰な脚色という説もあるそう。つまり作者は、C教に対して罪をでっち上げている。

けれども、不正解は無意味を意味しない

チ。─地 知 血─
先人から引き継いだ思想や社会的に認知された解釈を前提に人は生きていて
思考停止になりやすいのは今も昔も変わらない。
 信念を信じろ 信念を疑え
 迷いの中に倫理がある
 考えろ
様々な言葉で今に通じるメッセージが描かれている。

神の教えを信じ、権威に従い、家族を愛し、ルールを守って仕事を全うするノヴァクはこの時代の善き市民だろう。私達は後世からどう見られるのだろうか。

最終巻、ドゥラカとノヴァクの問答で問われる大量死の時代はある時期に始まり終わっていない
ドゥラカがこう言う。
 その死の責任は 神じゃなく人が引き受ける
 苦しみを味わった知性は
 文明の暴走に歯止めをかけて
 異常な技術も乗りこなせる知性になる
チは─智─になる日が来るだろうか。それはこれからの問題である。

読んでいて所処に作者の存在を感じた。8巻ラファウの存在はこの物語をメタ視点で見る事の示唆に思う。(ニーチェの永劫回帰とは違う)
地動説=異端 罪のでっち上げは作品の中と外(現実)で同じ。前提のC教思想を疑う事=この物語を疑う仕掛けなど、セリフや中が、外や作品の構造を表している。
オクジーの本は失われてはいない。この作品がオクジーの本である。
作者は読者に託している。

この漫画の感動が多くの読者の心を動かす。それは、
地(世界)を動かすのと同じことだろう

最後にコペルニクスに繋がる実在の人物が登場し、この作品のタイトル「地球の運動について」が彼に閃きを与える。架空と史実がバタフライエフェクト的な奇跡(偶然)で交差するという粋なラスト。
 ポトツキに利益の一割を
何度もでてくるこれ。もしやと調べたら、作者に支払われる印税が10%だった笑
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