このレビューはネタバレを含みます▼
やさしい語り口でテンポよく運ぶ文章がとても読みやすいです。ただし第一章は昭和時代ある地方の“組”同士の抗争の歴史から始まるのですが…
極道の家に生まれた喜久雄少年は殺された父親の敵討ちに失敗(そして本当のカタキは別にいると喜久雄は知りません)したのち、歌舞伎役者の丹波屋・花井半次郎に預けられることになります。魅入られたように稽古に励み、数年後には半次郎の息子俊介をさしおいて、半次郎の代役をつとめるまでになります。(映画版を見た後だと舞台姿や劇場の昭和感などが目に浮かぶのでよいですね😄)
その後俊介の失踪、半次郎の死と続き喜久雄不遇の時代になります。生まれや後ろ盾が大事な世界ですが喜久雄は自分の出自に負い目は持ってないんですね。喜久雄には世話になった恩は忘れないという信条があって、それは極道時代と変わらないというのが理由の一つのようです。そして世話になった人の借金は自分の借金だ、とスルッと1億以上背負い込んだりします。また祇園の芸者さんとの間にお子がいるものの「歌舞伎役者に隠し子がいたぐらいで誰が驚くねん」というのが一般的な価値観、という時代なのですが、年代とともに世相・風潮が変わっていくさまも当時の出来事、流行りとともにつづられていきます。
その後も紆余曲折、山あり谷あり、幸せも苦しみも濃縮されたような人生なのですが、散りばめられたエピソードがなんだかとてもよくて、たとえばイビられ続けの喜久雄が映画に参加したら、ロケ先でさらに散々な目に遭う話とか、徳治(何者かは省略)の綾乃ちゃん(喜久雄の娘)救出作戦の顛末とか、中年期の喜久雄が15歳のころの俊介との会話を思い出しているところなど…
下巻ではもう親戚ぐらいには喜久雄とその周囲の人たちに親近感がわいているし、彼らが幸せだとうれしくなるのですが、終盤ご本人は他の人が踏み込めない場所へ、行ってしまわれましたね…じわっと哀しみがにじむ結末ですが、立花喜久雄という1950年長崎生まれの、とある歌舞伎役者の役者人生をここまでいっしょに過ごせて幸せでした。
長々とすみません、お読みいただいた方ありがとうございました。