文句のつけようのない一冊。こういうのを読んでしまうと、つくづくHQてピンきりだと実感する。
取り返しようもない奪われた時間や犠牲となった諸々を、愛が包み込んでくれたと、自分は幸せ者だったと、彼の言葉が過去を知っている者の無力感やひとりそんな目に遭わせてしまったという端(ハタ)の自責の気持ちを濯いでいくラスト。波乱に富んだ彼の半生を寄せて来る波が洗い流すようにして、また波が何度も還していき、ひどく虐げられた日々の傷の深さと癒しの大きさを思わせる。彼は幸せだったと終わり良ければで総括するが、過酷だったからこその状態もあったのだから、安心して暮らすこちら側の自分の今の生活の平和が、波打ち際で楽しく遊ぶ子らとダブり、本当に幸せを二人のメインキャラが噛み締めていることが伝わる。
スリリングなパニック映画やハラハラのサスペンス劇場の、全て終わった結末の安堵感とも違う、しみじみとした幸福感の到来。
鬼のような悪人もいれば、救う者が居る。愛し合う二人を割く残酷すぎる事件が、HQコミックス史上でも稀なだけに、読んでいて単なるヒストリカル、単なる引き裂かれた幼い恋愛物より、ズーンと、胸の中に、数奇な運命の若者とヒロインの16年越しの執着愛(?)の紆余曲折とを味わえる。
ベネチアらしさも出ていた上に、カーニバルが絶妙に引き立て、花嫁コスチュームがよく描かれていた。
画力のある先生でないと務まらない題材を、こうも、ドラマに盛り上げてくれて申し分のないひとときを過ごさせてもらった。
さちみ先生作品を読むと、沢山の「?」レベルの作品に同じお金を払いたくなくなってしまう。