絶妙なサスペンスとラヴの配合。犯人について読み手の誰もがあたりをつけられる人物を表舞台から隠し、途中いいタイミングで新展開、そしてまた、新しい局面へ。事件性あるエピソードが、ドンッ、ドーンといやらしくなくストーリーを煽る。サスペンスだけでも一本のドラマ。
そこへ、ロマンスの種が、活発で機転の働くヒロインと、子爵家の次男坊との間に撒かれる。殺人事件での汚名を着せられていた彼を、しっかりと信じていたヒロイン。これが彼には嬉しい。信じてくれていることが何にも代えがたい。疲れた彼の心も力づけ、問題に立ち向かう勇気づけもしてくれる。ヒロインへの好感が育たぬはずはない流れの中、聡明なヒロインは二人のことは期待などしておらず、要所要所で解決へ繋がる発見を続け、たくましい。これは、その事件とは「無関係」なはずのヒロインが、ただただ彼の為に働くことが、おそらく彼には甲斐甲斐しく可愛らしく見えるように思う。一連の事件が落着したわけではない時期では、両人に恋の花をのんびり咲かせる心理的余裕はないものの、彼の心にヒロインの占める割合が大きいことを、読み手を安心させるようにチラ見せさせながら、周囲のけしかけを楽しませてくれる。人情味ある場面もたっぷり取りながら、外堀完璧を描写してニクい。
聡明さと活発さとは近しいもの。狩猟をやるヒロイン、農作業でもずっと動き回っていたため土地をよく知っているヒロイン、真犯人を探そうと彼に持ちかけるヒロイン、細部からクライマックスに至るまで、全てに渡ってヒロインのキャラが貫かれている。
その行動を、さちみ先生お得意のギャグが混ぜっ返し、殺伐とした話にさせない。
先生の描かれる人物の横顔が長らく気になっていたのだが(そこは星調整しない主義)、本作は全く気にならなかった。変わられた。
それにしても、犯人の当初の動機はわかったが、それをそこまでやりつくして、いったい何が得られただろう。
欲しかったものも、そこまでしたら、得られないだろう。