『呪術廻戦』という作品は、今にして思えば「緩やかに疲弊していく日本社会」の閉塞感の中で生きる意味を探る少年達と、疲弊の果てに荒廃した東京という廃墟を描いた作品だったと思う。だから、個人の意識のありようが成長するだけで作品世界に決定的な結論は出なかったと。歴史は常に生成するものだから、結論は出ない。
児童誘拐の横行、人身売買、移民問題と日本がさらなる混迷を深める今日にあって、芥見先生が社会の考察を再度始めるのは当然のことと言えるだろう。言葉が通じれば人は分かり合えるのか?投げられた疑問は大きい。「奪われた者には奪うという選択肢ができてしまう」というのは、難民問題の実情であると思う。世界は果てしなく残酷になり得る。
それでも、芥見先生と共に再び内省を始める機会を得たことがとても嬉しい。