西行には有名な、「願わくは 花の下にて 春しなむ…」
があるが、これと共に山家集に集録されている
「花に染む 心のいかで 残りけむ 捨て果ててきと 思ふ わが身に」
の歌が主軸というかテーマ。
男女数人いれば恋愛に発展しそうなのに、甘い展開にならない。むしろ苦しくなっていく気さえする。精進潔斎で身を研ぎ澄ませていくよう、というか。
昔は鳴弦が邪気祓いに用いられたことを考えれば、弓弦に触れた瞬間から、射手は神域に足を踏み入れたも同然となる。
扇の的を射抜いた那須与一のごとく、一心に的に向かって矢を番えることは、祈りにも似ている。そのひたむきさは、時に胸に痛みをもたらす。登場人物はそれぞれのひたむきさを持っている。
子供の頃、大切なものを神聖視するのは不思議なことではない。が、長じるに従って、違う感情へと変化するのも、驚くほどのことでもない。むしろ陽大のそばにい続けるために「男になりたい」と思いこむ花乃の方が珍しいかもしれない。
1回目読んだとき分からなくて、2回目読んでやっと私の中で「答え」が見えた。
弓道は射法過程を大切にする。この作品は「結果」ではなく、過程をこそ味わう作品だと思う。