偽りの王子と黒鋼の騎士【特別版】(イラスト付き)
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偽りの王子と黒鋼の騎士【特別版】(イラスト付き)

六青みつみ/稲荷家房之介

初めから、互いが運命だとわかっていた

ネタバレ
2021年6月24日
このレビューはネタバレを含みます▼ 運命を変え望みを叶える魔法の水鏡が導く王子エリュシオンと護衛士グレイルの数奇な運命。
高貴な生まれで美貌のエリュシオンに物語の序盤で共感できる人は多くないはず。何しろ、無知蒙昧なうえ傲慢で癇癪もち、人に対する思いやりもなく、自分が愚かであることも分からぬ愚か者として描かれていますから。
容姿以外、人から愛される美質が何一つない彼が誰かの愛を求めようとするなら、いっそ生まれ変わるくらいの大転換が必要だったでしょう。
そして、その通りのことが起こります。
ならず者たちに凌 辱され死にかけていたところをグレイルに抱えられて救出され、体を清めてもらう。目がちゃんと開かず言葉もうまく話せず歩くこともできず、食事も排泄も人の手を必要とする彼に、グレイルはこれまでの名を捨てさせ新たにシオンと名乗らせる……。
まさに、彼は一度死んでから赤ん坊となって再び生を得、グレイルの手で取りあげられ産湯を使い、重湯を与えられ、名付けられました。安全に眠れる場所や生きるために必要な知恵と道理を授けられ慈しんで育てられた。こんなシオンが可哀想なだけのはずがない。
贈り物をしたいと思うことで恋しいとはどういうことかを知り、受け取ってもらえなかったことで悲しいとはどういうことかを知った。人に感謝すること、されることの喜びを学び、人をあてにせず一人でも戦う勇気、恋しい人の役に立つという生きる目標まで持てるようになった。頑張ったね、シオン。
グレイルは冷酷どころか、初めからシオンにずぶずぶでしたね。初対面で骨抜きにされ、関心のないポーズで下層街まで様子を見に行き、救出してからは3日間つきっきりで看病(1人で!)、その後も毎日見舞い(時には日に2度!)売り飛ばすどころか隠れ家に匿って下僕とし(退路断ち!)王宮内の官舎に伴った(まんまと同居!) ……強がりも枚挙にいとまがありません…。「グレイルのひどい仕打ち」というシオンの主観に読者は惑わされないでね、と作者はわざわざ初期に『萌芽』の章をグレイル目線で書くことで種明かししてくれる親切ぶりです。
シオンが暴行されたことが必然などであるはずがない。でも生きる間に人の悪意や暴力にさらされることも辛いが現実だ、という作者のメッセージ、ファンタジー作家の現実感覚の現れかなと思います。
ここまでがこの大長編のほんの半分までのお話。後半の一層甘く切ない2人を多くの人に見届けて欲しい。
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