君とハネムーンにさらわれて
」のレビュー

君とハネムーンにさらわれて

野津いぬま

優しいふたり

ネタバレ
2021年6月26日
このレビューはネタバレを含みます▼ ずっと好きだったと親友・久野(ひさの)から突然告白され、でも今日で終わりにすると告げられた吉永。出会いから今日まで、共に過ごした10年が実はふたりにとって同じものではなかった―――吉永が、初耳情報の多さにどこからどう考えればよいか分からず、タイムリミットが刻々と迫る中、若干の思考停止に陥っても仕方なかった…と思います。もし言えるものなら言いたかったことでしょう、「考える猶予をくれ」と。

でも、この10年の間、こちらの想像も及ばない思いの数々があったろうに、察しの悪い自分に何ひとつ責める言葉もなじる言葉も投げつけることなく、ただ傍にいた優しい親友に対し、なおも時間をくれなどと言えようはずもない。
吉永にとっても久野は紛れもなく大事な存在で、だからこそ精一杯の真心で応えたい。それが「俺だってお前のこと大切にしたいよ」という独白の「俺だって」に現れている気がします。できもしない約束や、いっときの気休めを口にして久野の苦しみをさらに長引かせることなく「ごめん」と告げた吉永は素敵で、彼の目に滲む涙は優しいなと思いました。

そして久野は―――彼には、この半日がどんな風に進み、どんな風に閉じるのか、、、自分の告白に対して吉永がどんな風に驚き、混乱し、そしてどんな風に自分に対峙しようとするか、、、どういう結論を出そうとするかということまで、おそらく予め全て見通し、承知の上だったことでしょう。親友として10年、誰よりもそばに居て、様々なことを分かち合ってきたはずだから。
その上で、それでもこの日、久野は吉永に、自分の長年の思いに応えてもらうつもりは初めからなかったように感じられました。
彼はただ、路地裏で人知れず咲き散るあの桜のように、吉永の目に見えずとも “思い”がそこにあったこと、その存在を知ってもらうことで、その思いが報われ昇華する瞬間を一緒に見届けて欲しかったのではないか、とそんな気がしました。
思いを断ち切るのがどれほど辛いことか。恋を諦めたことがある人なら誰しも久野の涙に共鳴せずにいられないはず。

互いを深く思い合う彼らが、どうか幸せになりますように…。

フォローしている方々のレビューが、また素敵な作品に出会わせてくれました。ありがとうございます。みなさんのレビューを読むといつも、友人たちと思い思いの本を読みながら図書館で過ごした中高時代の優しい時間を思い出します。
いいねしたユーザ19人
レビューをシェアしよう!