孤島の鬼
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孤島の鬼

江戸川乱歩/naked ape

簑浦と諸戸、2人の“ままならない”愛

ネタバレ
2021年8月14日
このレビューはネタバレを含みます▼ 多くの推理小説や怪奇幻想小説を著した江戸川乱歩が、男性の同性愛をテーマに書いた名作のコミカライズ*。電子版で約600ページの原作長編小説をnaked ape先生がほぼ忠実に再現した全3巻(各200ページ弱)。原作の魅力の凄みとコミックスならではの情感を味わえる作品です。
大正時代の風物を背景に2つのモチーフが両輪となり物語は進みます。1つは主人公・蓑浦金之助(みのうらきんのすけ) が、恋人の木崎初代(きざきはつよ) を端緒とする連続殺人事件の真相を追う推理小説。2つ目は蓑浦と、彼を同性愛的に愛する諸戸道雄(もろとみちお) との間でせめぎ合う肉体的欲望と精神的愛のお話。乱歩自身は、この同性愛要素は画家の岩田準一との熱心な研究の投影だとクールを気取ります。が、コミックスを読めば誰でもが一目瞭然「こっちが主題でしょ!」それほど主役2人の心理描写が細やかで濃密かつエロティックです。
初対面は蓑浦が17、諸戸が23の時。2人は互いの極めて美しい容姿と内面に惹かれ合いますが、諸戸から向けられる愛がそれを超えた性質のものであると察している蓑浦は、銭湯で諸戸に体を触らせても唇は許そうとしない。決定的な拒絶をしない代わり受容もしない蓑浦のこの態度は、再会した8年後も変わりません。人の心を弄ぶ嫌なヤツですか?でも同性愛について知る術も相談相手もなかろうこの時代に、未知に飛び込まないことを誰が責められるでしょう。まして家も頭も姿もハイスペックな医学者の諸戸には傲慢さが微塵もなくどこまでも優しくエレガントなヘタレ、もとい紳士。優れた年長者と交流を望むことが罪でしょうか?諸戸が蓑浦を自分のテリトリーに囲いたいと熱望することと、蓑浦が諸戸に自分の思う通りの美しい人であって欲しいと距離を置くことと、どこが違うでしょうか。
とは言え!諸戸が己の叶わぬ恋に感じる哀切と絶望、わずかな希望と願いの凄まじさが、読み手の共感以上の同情を誘うことは身をもって理解しています。蓑浦、少しは諸戸の夢を叶えてやれよ!と煩悩に忠実な内なる自分が何度吠えたことか。
これより先の物語後半は、愛も事件も怒涛の展開です。閉じ方までもが壮絶で美しいこの物語が、誰かの心に届きますように。

*コミカライズ作品は他に環レン先生版と長田ノオト先生版(読みホ) あり

*いち恋をレビューされたフォロー様。私も後夜祭に参加してましたよ!楽しかった〜(そして眠かった)
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