このレビューはネタバレを含みます▼
どっぷり一穂ワールドに浸かっています。
他の作家さまのbl小説とは本当にひと味もふた味も違います。
本作の評価はそれほど高くありませんが、私は大好きです。
他のレビューにもありましたが、行間を空けずにに場面が変わるため、たしかに最初は読みにくいです。
でもそのいきなりなが語り手と場面の転換が段々効果的に効いて、コラージュのように寄せ集めのカケラが大きな別の絵を描いていくようです。
ある意味一穂先生らしさがとても良く出た作品です。
城下町の歴史、酒造りの蔵、都会の底辺で生きる危うさ、剣道の試合に至るまで、リアルな描写の上にくっきりと御伽噺のフレームが立ち上がります。
情景や人物を描く術に長けているため、登場人物の心の変化が読者を置いて行くことはありません。
こんなにもリアリティのないストーリーなのに揺さぶられる、特にクライマックスの隼人の独白には涙です。
あっちゃんの両親と隼人のくだり、手作りアロエジェルや手編みのマフラーなどの小道具の使い方、「I Love you」の訳し方が夏目漱石に終わらないのもさすがです。
最後にこの話の影の引き回し役、慎の話がちょっとあるのです。慎の不思議な人物造形、あっちゃんの姉とその婚約者との微妙なサークル(トライアングルじゃないのがイイ)、こういうところですよね、一穂ワールドと呼びたくなるのは。
小説のページは終わっても、彼らはどこかにいてちゃんと生きている。
そういう「世界」を描ける稀有な作家様だと思います。