藤原征爾君追悼特集に寄せて
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藤原征爾君追悼特集に寄せて

吉池マスコ

これはなかなか業が深い

ネタバレ
2023年8月7日
このレビューはネタバレを含みます▼ 196ページ。
書けなくなっていた小説家が、再び筆を執るまでの話。
話運びには静かさがあり、死んでしまった藤原との日々が哀しい。
一人の男が立ち直るまでの癒しと再生、と言うには違和感があって、しばらく考えた結果、これは作家の業の話だったのではないかと自分の中では結論付けました。
薔田のそもそものスランプは、それまでの原動力だった親への反発が親の他界で消滅してしまったことにあります。おそらくは自己憐憫で書くタイプなんじゃないでしょうか。だから藤原との穏やかな日々は、現実の生の糧となり幸せにはなっても、書けるようにはならない。それがまた書けるようになったのは、大切な藤原を亡くしたという喪失を得たからに他ならない。
藤原の死は薔田の作家としての生の糧となり、薔田の現実の生の糧は藤原から宮本にとって代わる。他者を糧にすることでしか存在できない、才あるからこそ許される、業の深い作家であると思います。
かなり良い作品だとは思うんですが、薔田タイプが趣味じゃないので星の数が伸びません。ごめん。特に終盤、宮本への態度を改めるにあたって「藤原に怒られるから」って言うんですよ。よくある演出ですし、一般的には良い話分類になるのも知っていますが、自分の中の言い訳や鼓舞にひそやかに使うのは良いんですが、他者に向けた言葉として使うのは嫌いです。このセリフがあるからこそ、薔田の作家性が確定して業の深さが作品を良くしているんですけど、それと趣味とは別問題。
藤原は自分が薔田の作家としての糧になれたことは無上の喜びではないかなと思います。宮本との日々が喪失を埋めた時、薔田はきっとまた書けなくなるんでしょうね。それは幸なのか不幸なのか。業が深いわ〜。
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