このレビューはネタバレを含みます▼
戦後から高度成長期にさしかかる頃、若き天才脚本家•北原憬は、自分の書いた映画のモデルが次々と亡くなってゆくことに恐怖し、筆を折る決意をします。罪悪感に苛まれて横浜の場末で飲んだくれていた憬は、一人の青年に拾われます。三上燿一は憬のことを知っており、あいまい宿にある自室に招いてくれます。その部屋は燿一の撮った写真でいっぱいで、燿一は憬の映画と出逢って写真を撮ろうと思ったのだと嬉しそうに教えてくれるのでした。明るい燿一との出逢いは、憬に希望を与えると同時に、封じ込めていた書くことへの情熱を再燃させ、憬を苦しめるのでした。言葉が奔流のように生み出されてゆく天才•憬に付き纏う少年の姿をした死神、かつて幼い憬と燿一が偶然乗り合わせて二人だけが生き残った市電の大事故、運命的な二人の出逢いが幸せへと昇りつめるのか、地獄に堕ちてゆくのか、読者ははらはらしながら読むことになります。古いフィルムカメラや万年筆を始め、高い画力で細かく描かれた街並みや風俗などの背景、選び抜かれた言葉がストーリーをさらに重厚に演出します。戦後の社会の闇と心の病みとが重ねられ、好き嫌いはともかく作者さまならではの湿度の高い仄暗さが満喫できます。