このレビューはネタバレを含みます▼
この作品を読み終わった時、夜の海を思い出した。風が波を作っている。1巻187頁 2巻205頁 星☆4.4
高校生の水津竜丸(すいづたつまる)と勇仁(ゆうじん)大和(やまと)は落ちこぼれの悪そう3人組。スリにタバコにギャンブルと遊び放題。そんな3人が「ツケ」がきく食堂を見つけたことから始まる物語。『千田食堂』は高齢の男性が一人で切り盛りしている小さな定食屋。週5日、3人でたらふく食べて店をでる。もちろんお金は払わない。店主は「老いぼれたじじいが人に感謝されることなんて数少ないから」損得は抜きだと笑ってもてなしてくれる人。優しい店主には引きこもりの孫、千田涼介(せんだりょうすけ)がいた。勉強はできたが、社会性の成長が止まって大学卒業と同時に引きこもりになっていた。
物語は竜丸と涼介の環境や心の変化を丁寧に描写している。竜丸は素直な気持ちを言えないひねくれもの。涼介は賢さから自分と向き合えない臆病者。その二人が言葉の暴力で殴りあう。手加減無しの応酬を何度も繰り返し、距離が縮まっていく。その方法じゃないと腹の中の重い感情は出られない仕掛けなのかもしれない。友情では歪だし、恋とも違う不思議な関係がふたりにできていく。
2巻の終盤に涼介の母が竜丸に問いかける言葉が好きだ。物語が一気に吹き上がって高い空でふわりと散るようなクライマックス。とても哀しいのに、愛おしさと胸のしめつけが絡み合って視界がゆれてしまった。本を閉じたら、潮の少し重い空気と波の風がぬけて音だけが残った。
KADOKAWAは年に何度か激安セールをする、どんな時でもいいので頁をめくりに来てほしいと願う作品。