このレビューはネタバレを含みます▼
童話「人魚姫」をモチーフにしつつ、80年代の国際的問題を取り上げ、少女漫画の枠を超えた、こちらの作品。繊細な絵と幻想的な世界観にうっとり魅了させられ、一人のダンサーと別の惑星から来た人魚の恋愛SFかと読み進めていけば、世界をも揺るがす壮絶な展開に、物語の広がりと収束が凄かったです。出版された80年代後半に、後のセカイ系ともいえる内容を描いていたのも実に興味深いもの。
また、無事ハッピーエンドと思わせておいての衝撃なラストは、果たしてどちらがベンジャミン達に起こった事なのだろう?と思いがちですが、物語的には、地球が見えていたという事はあくまでもパラレルかもしれないと示唆させたところで終わらせたかったのかな、と。ただ、私達が生きる現実世界では実際に爆発は起きましたよね。福島原発がそうです。「怖い夢」としてベンジャミンが見たのが私達の現実であり、私達が望む「甘い夢」はベンジャミンにとっての現実なのです。萩尾先生の解説が全て物語るように、ここらへんの仕組みが絶妙なんですよね...。この物語の中では、人魚姫の童話は「虚構」で、月の子の世界は「現実」。ベンジャミンが見る「夢」と起きてから展開する「現(うつつ)」。つまり、恋愛模様を織り交ぜながら一貫して取り扱ってるテーマは虚構と現実と言えるでしょう。しかもこの漫画という虚構と、読者達の住む現実さえも巧みに利用した作者の企みに見事にしてやられました...。清水先生、これは本当に漫画ですか? それとも聖書ですか? そう投げかけたくなるほどの完成度の高さに頭が上がりません。
また恋愛漫画として見ても、こころに響く名言が多くて、思わず拳を握りしめてしまうほど、ときめきました。特に個人的にはショナに惚れ惚れしっぱなしで、何度ベンジャミンと代わりたかったことか。せっかくショナと強い縁で巡り会えたにも関わらず、またも別の人間に恋に落ちていく姿は見ていて苛立ちさえ募るほど。でも、仕方ないのです。人魚姫という童話の虚構に彼らの現実が左右されたように、私達の現実もこの月の子という虚構が切に訴えかけた社会問題の注意喚起を受け止めて、より良い方向へ左右されていきたいものです。