このレビューはネタバレを含みます▼
校内新聞に掲載されていた小説が唐突に終わってしまったことと作者の春沖洋介という名に、なぜか数学教師の吉武はひっかかります。戦前の旧校舎に不思議な懐かしさを感じる吉武は、そこで昭和30年代の校内雑誌に春沖洋介の名前と小説に登場する坂上三雲の名前を見つけます。春沖洋介の名前で小説を書いたのは同僚の国語教師の八尋でした。その後、吉武と八尋は、実際には経験していない具体的な記憶が増えてゆき、やがて吉武は八尋の主体が春沖になってしまったことに気付きます。春沖が八尋の記憶を読み、八尋の生活をし、吉武を三雲と呼ぶことに吉武は混乱しますが、自分の中に三雲がいることもわかっています。八尋と吉武を通して春沖と三雲が再開するシーンが素晴らしいです。恐らく枝垂れ桜の咲く春に、突然、若い命と未来を奪われただろう恋人たちが、かつて口づけた枝垂れ桜の下で再び手を取り合います。そして過去の恋人たちは去り、現在を生きる二人も恋を成就させます。銀杏の葉が舞い落ちるシーンから始まり、ふわりと落ちる初雪を経て、ラストは過去から繋がる現在に、一瞬過去の恋人たちが交錯し、咲き誇る満開の枝垂れ桜で締め括られます。じっくりと楽しめる本当に良い作品です。