≠ ノットイコール
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≠ ノットイコール

池玲文

池玲文先生の力作、父の日だったので再読

ネタバレ
2021年6月23日
このレビューはネタバレを含みます▼ この作品は読む度心に沁みますね。テーマが深過ぎて何度読んでも消化し切れません。タイムスリップ、父と息子の恋、もうテーマがツボ過ぎて。
まず、凉がタイムスリップするという事に関してはタイムパラドックスとか色々考えちゃって、毎度読んでるとそっちに考えが脱線してしまって気が散ってしょうがないんですが、この物語の中で一応首尾一貫してるので、ノータッチで。でも、凉が22年前にタイムスリップしている時に果に、父と息子の関係だって伝えなかったのは適切な判断ですよね。だってもし伝えていたら、果の未来での判断を左右する事になるし。凉は結局産まれなかったという結果になるかもだし。勿論果はあの時真実を伝えて欲しかったと思ったかもしれないけど、凉の判断は懸命だったと思います。
僕が一番グサッとくるシーンは、1巻目での22年前の精霊流しのシーンと2巻目終盤での現在の精霊流しのシーンです。1巻目では、何も知らない果が「人生を全うしたい、今を生きてるって素敵だ」と言ってますが、2巻目では父子の恋愛に悩む果が「死にたくない、今生きてて一番幸せなんだ」と言った後に、タイトルの≠の意味と繋がる内容の事を凉が言います。これら2つのシーン、果の心境と発した言葉の背景にある意図は全く違いますが、果自身、そして彼のこれからの生き方を強く決心する最重要な場面だと思います。凉が、「世間の倫理観と俺達の幸せはイコールじゃない、でも果の幸せと俺の幸せだけはイコールじゃないか」と果に諭します。つまり、≠(ノットイコール)だからこそ人生を全うできるんだ、という強いメッセージが彼らのセリフやこれらのシーンから伝わってきました。果は人生を全うしたいと思っていながら、世間体を気にして自分の真理から目を背けようとしましたが、保守的で狭い世間の狭い規則や固定観念に縛られていたら自分の本願する人生は全うできないですよね。
正直、果も凉も悩み過ぎ!と僕は思ってしまいます。父と息子の関係だという事も事実であり、でも2人が愛し合っているという事も事実で、それが2人を幸せにするって2人が思っているのだからそれでOKと思います。確かに果が22年間ずっと苦しんでいた事を考えると胸が痛いです。でもその苦悩も世間からの不理解も、愛しているという気持ちには勝てないです。
池先生のブログにサイン会での小冊子が載っていて、媚の椅子シリーズにも番外編1話収録されてます。
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