潮騒のふたり
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潮騒のふたり

遠浅よるべ

潮騒の捉え方で、作品のラストが変わる

ネタバレ
2021年8月16日
このレビューはネタバレを含みます▼ お話の舞台である1994年(平成6年)と言えば今から27年前。随所に散りばめられた時代を象徴する小物や固有名詞、言葉遣いなどに心があの頃へと飛んでしまい、ともすれば作品を見失いそうでした。つくづく、物や言葉が心に働きかける力は強大ですね…。
これは、何にでも終わりは来るから最初から期待しないでおこうとする20代半ばの屋敷(やしき)と、突然相手が何も言わずに自分の元から去るのを見るくらいなら始めないでおきたい30代半ばの比奈岸(ひなぎし)という、およそ恋愛に発展しそうにない臆病な2人の男達が一生に一度の本気の恋ができるのかを見届けるお話。
「関係が人に知られたら終わり」という言葉のもつ意味が2人それぞれで違ったことが苦しかった。屋敷と同じく打ちのめされて壁に寄り掛かってしまいたかった。急に消えるなといつも繰り返すあなたがそれを言うのか、と。だったら今のこの関係は何だと思っているのかと…。
潮騒とは何だろう?この言葉がもし仮に、寄せては返す波のことだとするならば、近づいては離れてを繰り返す危うく脆い2人の関係とイメージしてしまいそう。でも潮騒という言葉の本義は、潮が満ちてくる時に波が音を立て騒ぐこと、その響き、と辞書にあります。それを踏まえて物語を読み返すと、あぁこの言葉は2人がざわざわと相手に惹かれていく心の中の潮騒のことであるとも言えるし、再会からラストに向かい彼ら2人の関係が長い時を掛けてついに満ちてきたと暗示する言葉でもあるように思うのです。
電車の中。知られたら終わりだと、かつて振り払い離れた手と手。あれから6年後の今度は…?
人が自分の内深くを見つめ、惑いつつ悩みつつも自分のあるがままを受け入れると、こんなにも優しい人になる。美しく愛しい。気持ちが安らかになりました。
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