悲恋の夏/十年の桜
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悲恋の夏/十年の桜

愁堂れな/亀井高秀

私の「苦い」には、「甘い」があった

2021年9月11日
(2篇84ページ)
仕事が休みの日の明け方。ふ、と目を覚まして枕元のスマホを手に取る。今日はオフだし、と寝そべったままシーモアを開き本棚を眺め、半日前に買ったばかりのこの短編集を選びゆっくり最初の『悲恋の夏』を読み始め……30分後、ガバッと起き上がり何でだよと叫んでいた。
胸の内をざらりと擦りながら落ちていく苦さ。かれこれ40年(以上)、古今東西・多種多様な本を読んできて、別に初めて触れる感覚でもない。でも微睡みながら味わうには、あまりに苦すぎる…。美しいタイトルに油断してはいけない。釘を刺すどころか、彼は人の心にも人生にも楔を打ちやがっ…打ってのけた。

この余韻が抜けないまま2篇目の『十年の桜』へ。1篇目とは別個の短編。高校で同級生だった男2人が再会。その偶然の小ささと、それが導く結末の大きさとの衝撃的な不均衡。苦い…。だが苦いとはここまで痛みに振り切った感覚だったろうか?自分は苦味の認識がいつの間にか甘く鈍(なま)っていたのかも知れない。

この2つの作品、登場人物の容姿に関する描写がほぼない。容貌の美辞麗句が不自然に並ぶBL小説群とは一線を画し、読み手の読む力を覚醒させる。直接描写なしでも人物像を脳内に結べるか。たまにはこんな風に試されるのも、いいな。


*色々あり、しばらくレビューから離れていましたが私は元気です(魔女宅のキキ風に)。これからも、自分が向き合いたいと思った作品のレビューを、自分のペースでゆっくりと書いていこうと思います。
*フォローしている皆様方のレビューからも離れていたので寂しかったです。きっと未読は200近くに上りますね…これを書き終えたら一つ一つ拝読します!
*唯一読めた恋の分量の4人のフォロー様。感動しました。私は今回の皆様方のように、立ち止まり、(なぜなぜ坊やと共に) 恐れず深く物語に入り込んで思索し、混沌の中から自分の内面をも取り出す行為そのものがレビューの醍醐味の一つ、と改めて思いました。毎度それがいいとまでは言いません。でも耳触りのいい言葉やふんわり表現で濁してそれらしく装える人もいるでしょうに、敢えて抜き身で斬り込んでいき考える姿勢を心から敬愛しますし、自分もそうありたいと思います。
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