このレビューはネタバレを含みます▼
人の卑しい部分と純粋な部分とを容赦なく描く作品。
人間という生き物の滑稽さ、身を置く世界の狭さを感じさせる。だからこそ「恋」という儚げな純粋さがより際立って胸に迫る。
『けだもののように』のヨリ子を彷彿とさせる、まひる。
(両作読むことをオススメします。私個人としては、『けだもの〜』の次に本作を読む順がしっくり来ます。)
彼女もヨリ子同様、性に奔放であり、見る者に依れば尻軽な女に映る。
しかし、彼女を軽率なその日暮らしの女と見なしている周囲の人々の方が実は貪欲に思えるのです。
まるで自分は真っ当な人間ですよと言わんばかりに澄ました顔をして、内側は自分の性欲や疑心などで充満していて、その対比が薄ら恐ろしくも感じる。
(同僚の五十嵐さんという存在の描き方に、絶句しました。本当にど偉いもん見た感じです。見モノです。彼女はある意味純粋だと思います。)
まひるはかつて自分の全てを飲み込んでしまった、海に生きている。家も家族も奪われたのではない。海に還って行ったのだと言う。
彼女が家を持たないのは、海が唯一彼女を受け容れる場所であり、そこへ還る日を待っているからではないだろうか。
そして島の人々を慰み、様々な男を迎え入れるまひるは、人々のあらゆる気持ちを包み込む海の様だと思える。
ありとあらゆる全てを受容する姿は、人というよりも自然に近い崇高な存在にすら感じます。
好きにならずにいられない程、自分を魅了した人。
この手に掴めなくとも、その恋は存在した。
海が誰のものでもない様に、彼女も誰のものにも出来ない。
掴んだ腕は呆気なく、あるべき場所へ帰っていく。
届きそうで届かなかった恋。
すり抜けて行く感覚の虚しさと、己の存在の小ささ。
そしてそうなることを本当は知っていた。
運命を前に、ただ打ちひしがれるしか出来ない自分。
夏の暑さすら思い出せない寒い冬に、
彼女との夏を思い返す歩。
恋の痛みと僅かな甘さは、
きっといつまでも彼の胸に鮮明に、そして消えることは無いのだろう…。
欲望は何かの形で満たす事は出来ても、「恋」という純真さは他の何をもっても埋めることは出来ないのかもしれない。