爪先に光路図
」のレビュー

爪先に光路図

青井秋

漱石の夢十夜を思わせる世界

ネタバレ
2022年2月4日
このレビューはネタバレを含みます▼ 『爪先に光路図』『残灯』大学生の岩井新は室田という菌類学者の研究助手をすることになります。寡黙で人見知りな室田の資料整理や野外採集を手伝ううちに、新は室田が語る菌類や生物の世界、さらに室田自身に惹かれるようになります。新の心境が、羊歯やキノコなど緻密に描かれた菌類とその生態に擬えて表現され、菌類が静かに地下に菌床を拡げていくように、二人も恋に捕らわれてゆきます。『さかなの体温』『午前0時の回遊』眠る人から舞い出て目覚めとともに戻ってゆくさかなが見える高校生の広隆のお話。魚は人それぞれに違う色と形をしており、とても綺麗で見るのも楽しいのですが、一番綺麗で懐っこいのは親友の誠司のさかなです。ある日、広隆のさかなが誠司のさかなと一緒に誠司の体内に戻ってしまいます。『八月、夏の底』『夏来るらし』亡くなった田舎の祖父宅で、一夏を一人で過ごすことにした大学生の春彦は、こうと名乗る少年と出会います。こうは7日ごとに山の草花や木の実などの宝物を持ってやってくるのでした。どの作品もエロは無く、キスも匂わせ程度ですが、独自の世界観があります。菌類はもちろん、山の木々に差し込む光や仄暗い陰、闇と星、時に降る雨、小さな生き物など全てが丁寧に描かれ、独特の湿度の高さを持って訴えかけてきます。
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