蛍火艶夜 単話版
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蛍火艶夜 単話版

amase

螢火のような生命の灯が放つ鮮烈な物語

ネタバレ
2022年8月17日
このレビューはネタバレを含みます▼ 終戦記念日に刊行された、雨瀬シオリ先生の初商業BL。第二次世界大戦末期の神風特別攻撃隊を舞台にしたオムニバス作品の第一話を過去の戦争を振り返ると共に現在起きている戦争を想起した日に読んだ意味を考えないわけにはいかない気持ちになる、余韻に残る作品だ。
漢と漢の肉感的な交わりのエロスも濃厚で忘れたくても忘れられないほど印象的で凄かった。
完全に読後用のレビューになるので未読の方はご注意を。
従軍カメラマン淀野が惹かれた田中は先に特攻で散ったやぎの未亡人。何が2人の間にあったのか、直接の描写はないけれど、淀野との間の出来事からすると、先にやぎが田中をリードして始まった関係なのだろう。いずれ散る生命。その刹那に刻み込まれた想いや重みはどれほどなのだろう…想像すると胸が苦しくなる。
先にやぎが逝き、後を追い特攻を志願する田中の胸中は気持ちをやぎに持っていかれた、取り残された者として本来あるべきところに行くという心境だったのでは。
田中は、淀野の眼差しから欲望の匂いを嗅ぎ取り、やぎとの関係を打ち明け、やぎの代わりに田中を抱くことを求める…生命の灯がいつか消えることが分かっているからこそ鮮烈な印象に残るシーンで、気持ちはやぎにありながら身を預ける田中の肉感がもたらすエロスたるや。
田中も逝った後、残された淀野は田中と過ごした鮮烈な一夜にとらわれ続け、黒いえり巻をした「やぎ」の顔を見たいという執念に取り憑かれて、残りの人生を費やす…という戦後の描写。戦後なのに戦時下の特異な状況で起きた一夜に最も生きた実感を感じた者の終わらない戦後とその仄暗い感情にゾクリとする。
なぜ淀野は「やぎ」の顔を見ることにとらわれたのか。
完全な想像で違うかもしれないのだが、淀野は耳元で聞いたやぎの名前を呼ぶ田中の声が忘れられず、自分の気持ちを持っていった田中を連れていったやぎ…いわば、田中に執着する今の自分を作り出した大元となる人物に対する嫉みが生きる原動力になる中、やぎがどのような人間なのかを暴くまでは死ねないという執念からだろうか。
表紙の上目遣いをしている田中に手を差し伸べているのはやぎで、やぎが黒いマフラーを形見に残したシーンなのか。それとも淀野が夢想した田中の姿なのか。
一話目からこの余韻と重み。人間の仄暗い内面を抉り取る力に脱帽です。
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