このレビューはネタバレを含みます▼
読み放題にある「今夜だけ生きのびたい」が大好きで、同じ世界線の話とレビューで知って本作を購入しました。
こちらもとてもとても良かったです。
前作では「回路魔術」というのが分かりにくいという感想もありました。作者独自の「回路魔術」と「精霊魔術」という概念。本作は、過去には魔力を持っていたのに途中で魔力を失ってしまったソールという男が主人公で、その喪失感と不便な生活を細やかに描いています。それはまるで現実世界のハンディキャップを持った人物のようで、たとえば人が手を使って生きている中で自分に両手が無かったら?色がある世界で自分だけモノクロだったら?相貌失認だったら?声で会話する中で自分に音が無かったら?様々なハンデを自分の身に置き換えてみながら、ソールの感情に寄り添いたいと願いました。
と、ソールの日常の描写に没頭する前半から一転して、後半に描かれるクルトの魔力の描写に圧倒されます。膨大な魔力を持って生まれたクルト、恵まれた生ゆえに大らかでともすれば傲慢さもあった彼が、ソールとの出会いで魔術をさらに極めて覚醒します。クルトが魔力を放出する描写、魔術というフィクションを言葉を尽くして描き出す筆力にただ酔いしれます。映像が浮かぶような気もするし、想像力の限界を試されているような?読み手が100人いれば100通りの映像があるでしょう。回路魔術同様に、それを難しいと感じるかもしれませんが、自由に、勝手に、想像する楽しさがそこにあると思います。
それにしても作者が描き出す人物の魅力は素晴らしい。常時魔力が溢れだしてしまうクルトは、同じ精霊魔術師たちに脳内の鼻歌を魔力に乗せて無意識に聞かせてしまう(意訳)、その歌には癒しの効果があるとか、なんて可愛いのでしょうか。ソールからの好意を感じたときの描写が「クルトの胸の底でぱたぱたと喜びがはばたいた」ですよ。にっこりしてしまいます。
ひっそり生きている痩せっぽちの受け、若さと可能性に満ちた一途な攻めという組み合わせもとても好みで、大好きな一作になりました。