思わせぶりな放課後
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思わせぶりな放課後

石原理

夏の日の一瞬の心情。熱を孕(はら)む視線。

2021年10月2日
27ページの短編が孕(はら)む熱に、胸の奥が焼かれた。
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強い日射しに目がくらむほどの青空。雲の峰が高くそびえた、暑い夏休みの放課後の学校。額や首筋、胸元や背中を流れ落ちる汗。
からだ中の傷に触れた誰かの指の感触の名残。じりじりと、ざわざわと、何かに自分を投げ出したいような、或いは何かをねじ伏せたいような、居ても立ってもいられない気持ちに急(せ)かされ、身の内にこもる熱に炙(あぶ)られ、正体のわからない何かに向かって文字通り真っ逆さまに落下していく男子高校生の体と心。
出だしからして、熱い。
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「思わせぶり」という言葉は普段、「意味ありげな振る舞い」と解釈されるが、より精密には「人の関心を引くように、自分の考えや気持ちをそれとなく表すこと」と辞書にある。ここでのポイントは、自分の考えや気持ちを「それとなく表す」その表し方が、必ずしも「言葉で」とは限らない点と、その目的が「誰かの関心を引く」ことにある点。
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三宮(みつみや)は連日、放課後にわざと怪我を負い、保健室に行く。それが誰の関心を引くためかは明言されていないが「誰の目にも」明白だ。
保健医の奥津(おきつ)は義務でもないのに放課後まで保健室を開けている。それが誰の関心を引き付けておくためかは明言されていないが、九条(くじょう)の目には明白だ。
その九条が、授業がないのに保健室で休んでいる理由も明言されていないので、読者以外の目には明らかではないのでは?と思っていると、ある可能性が示唆され、その瞬間、視界にどんでん返しが起きる。
途端に三宮のキャラクターに深みが増し、3人の関係が熱を持ちだす。
駆け引き。熱を孕んだ視線。果たして誰が誰を射止めるのだろうか。「彼」の最後のモノローグに、痺(しび)れずにいられない。
ある夏の日の一瞬の心情。それがとても熱いのだ。
(27ページ/100pt)
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