メロンの味
」のレビュー

メロンの味

絵津鼓

明日の自分や誰かのために

ネタバレ
2021年10月27日
このレビューはネタバレを含みます▼ 大好きな絵津鼓先生。発売時に読んでましたが、ゆっくり再読してレビューを書いています。顔見知り程度のただの店の客と店員の関係の木内と中城。同棲していた彼女と別れて行くあてのない木内に頼み込まれ、中城の部屋での同居生活が始まります。

淡々と日々を進めながら、彼らのプッと笑ってしまうやり取りや会話の中に、本人達の揺れが伝わる間であったり、仕草であったり、セリフなく表現される深い部分であったりが、先生の細やかな描写で日常の一部として自然に織り込められ、2人の距離感が少しずつ詰まっていく様子が心地よく描かれます。
そしてもしかしたら、という疑問と共に少しずつその片鱗を見せていく木内の内面に、引き込まれ感情移入していきます。

今日何もなくても、明日はあるのかもしれない。ずっとそんな風に思いながら読み進めている中、途中出てくる駅の場面に胸がギュッと痛くなりました。どちらの立場から考えても怖さを感じて、先生のあとがきを読んで、ああ、もしかしたら似たような事があったのかもしれない、だからこそ、この短い描写の中に現実味を帯びた痛みを感じるのかもしれない、と思いました。

自分にも、自分の大切な人にも、誰にでも起こりうるかもしれない事。
否定せず、急かさず、焦らず、たまに立ち止まり、ただ寄り添う。
言葉にするのは簡単だけれど、きっと難しい。きっと何か出来る事がないだろうかと思ってしまう。そう考えると、中城くんはすごい。無自覚なのかもしれないけれど、きっとなかなか出来ない事。
全ての人に当てはまるわけではないだろうけれど、時には肯定すらも必要ない時もあるのだと、知る事が出来て良かったなと思います。
2人が歩んだ過程も、そのまま一緒に暮らしていれば互いに埋め合いながら居心地の良さを維持することが楽だったかもしれないけど、そうはしない絵津鼓先生、ああ、やっぱり大好きだな、と心から思いました。最高の描き下ろしのおかげで、大満足なとても幸せな読後感でした。

先生も公表を迷われていた時もあったそうですが、同じような境遇の方やご家族からの反響も多くあったらしく、それならご自身の経験した事を話そうと、インスタライブでお話してくださっていました。先生のそのお気持ちがとても素敵だなぁと思います。これからもずっとずっと一ファンとして、応援していきます!
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