蟷螂の檻
」のレビュー

蟷螂の檻

彩景でりこ

どこまでも満たされない渇きに身を捧ぐ愛

ネタバレ
2022年3月27日
このレビューはネタバレを含みます▼ できれば人を見えない線で区切りたくないが、唯一共感性や愛情といった普通に人が抱く感情を欠落させている人物とは、線を引かざるを得ないと思っている。善意が通じず逆に利用されるおそれがあるので自己防衛のために。
複数人を死に追いやり人を操って良心の呵責を感じない典彦は、典型的なサイコパスの特徴を備えている。
なので、次第に育郎への執着が狂気を帯びるにつれ、それは愛情ではなく育郎を貶めるために育郎の自尊心を自我を破壊しようとしているように見え、4巻では、育郎がこれ以上、周囲が典彦のすることに巻き込まれないように心中を企てただろうと思っていた。育郎も典彦の愛という言葉が詭弁だとも言っていたし、と。この段階までは育郎を典彦に魅入られ、様々な躾も施され「向こう側」に引き摺りこまれているけれど、なんとか救い出せないかという気持ちで見ていた気がする。そこから蘭蔵が育郎を助け出しとき、これで育郎は「こちら側」に来られるのではないかと一筋の光を見た想いだった。
そう期待して5巻を読み始めたため、初読では「育郎が向こう側に行ってしまった」という印象と、それでも典彦の気持ちは満たされず、清く正しいさち子は「向こう側」に行ってしまった育郎への思慕はなく、典彦といる育郎の姿を見ていない飯田だけが育郎への思慕にとらわれている様子を見て、何とも渇いた心持ちの中で読み終えた。
ただ、その後、小冊子や加筆修正前の雑誌掲載版を読むうちに、サイコパス典彦にも幼少時から育ててきた育郎にだけ向けた典彦なりの愛情はあったのだと理解した…極めて例外的に…しかし、やはりその障害ゆえか健全な情緒が育たず本当の意味で満たされることを知らない典彦は、育郎が愛情を注いでも満たされず、感情は渇いたままなのである。壊れたバケツのように。4巻で檻から出た育郎が檻の中にいることに愛情を感じ寄生した典彦に喰われること=運命を委ねることに幸せを感じるというラストはやはり衝撃的だ。人格障害を抱え罪を繰り返した典彦とでは行き着く先はそうなるのが分かりながら、その手を取った育郎の妖艶な笑みからは退廃的な幸せの形を感じる。
背徳的な世界観の中他の作品では味わえない2人だけのディープな関係における愛を見せてくれた凄い作品だと思う。美しい育郎が壊れていく姿も酷く扇情的で絵柄と相まって魅力的だ。でりこ先生、熱の高いレビューを書かれた皆様感謝です。
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