紙の舟で眠る【単行本版】
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紙の舟で眠る【単行本版】

八田てき

言葉の持つ力を実感する素晴らしい作品

ネタバレ
2023年12月25日
このレビューはネタバレを含みます▼ 素晴らしい画力。
センスの研ぎ澄まされた台詞運び。
その中に漂う戦後の日本に漂う死生観と芸術の中に自分の存在意義を見出す者の業の描写。
読み始めたら、ひたすらどのような航路を辿るのか分からない舟旅が始まり、終点に着くまで、物語に惹き込まれてしまう吸引力に圧倒された。

それこそ、一本の映画を見終わったかと思ったら、さらにショートフィルムが続くようなストーリー展開と、中だるみなしの構成力。
凄い。唸るしかない。
ダークファンタジー、ミステリー、ラブロマンスといった一つのジャンルに括ることができない。
幼き頃に瀕死の重症を負い、血を吐くように言葉を紡ぎ出す脚本家憧(けい)に終始まとわりつく死の影。
対して、明るく振る舞いながら内面の虚さを抱えて生きてきた写真家見習いの耀一(よういち)。
同年代ながら、一見対象的な2人が、互いの存在によって生かされながらも、とらえ、とらわれることで相手に何をもたらすのかを考え、もがき苦しむ様からは、終始不穏な空気が流れ、高い緊張感が続く。

ネタバレなしで、作品世界に浸って欲しい。なのでこれ以上余計なことは書けないのだが、終盤にはそれまでとは違う自然体で、生きる力にみなぎる2人に会える。

凄い作者だと聞き及んでいたものの、一作目はエンディングが怖くて未だに読めていない。
だが、本作で皆口々に凄いという理由が分かった。
絵、台詞、構成、テーマ、全てがハイレベルで純文学、映画、写真、といったジャンルをも統合した総合芸術作品のような味わい。
この作品の愁眉は自分が脚本を書くと人が死ぬと思い、筆を絶った憧が、取り憑かれたと思ってきた死神の正体と向き合い、自分の武器である言葉によって立ち上がり、真の敵と闘うシーンにあると思う。言葉が随分軽くなってしまった今、言葉の力を信じる作者の思いが滲み出る。
ちなみに身体を合わせるシーンは結構早めからあり
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