カラオケ行こ!
」のレビュー

カラオケ行こ!

和山やま

原作と映画の幸せな関係

ネタバレ
2024年2月12日
このレビューはネタバレを含みます▼ ずっと読んできた漫画のドラマ化をめぐる悲しい出来事があってやるせない気持ちでいた中、本作の映画を見に行ったら、これが見ている間、多幸感に包まれるほど原作をリスペクトし、原作の世界を音楽の力を通じ てより豊かなに表現しようとする意欲に満ちた快作だったのです。
映画を見て改めて感じたのは、狂児のヤクザらしからぬ雰囲気と、聡実君との距離を縮める異様な早さ。さらに映画化で「裏声で歌う紅って、ホントに気持ち悪いのな…」とか「紅の英語の歌詞の関西弁訳おもろかったけどもう二度と会えない愛した人との別れの曲だったんか…」と、セリフはほぼ覚えた位読み込んだ作品なのに、新たな発見があって。もう地獄のカラオケ大会で聡実君が狂児がてっきり死んだと思って紅を熱唱するシーンが、まんま歌詞の世界観そのものの心境で聡実君が歌う胸熱シーンとなってて、原作ファンとして感謝しかない素晴らしさ。
変声期で合唱部に居場所がなくなった喪失感を抱いていた聡実君にとって、自分だけを歌の先生として慕う狂児が特別な存在になっていくにつれ、心と身体の距離が縮まる描写とか、狂児が聡実君のアドバイスにしたがって好きなもんを嫌い嫌いって組長に言って刺青入れてもらった結果が聡実君の名前だったシーンとか、続編を知っている身としては、このときからこの2人始まっていたんだなぁとしみじみ。

そんな感慨にふけってから、本作を読み返すと、いちいちエモくて、仕方がないのです。心の距離が近づくにつれて、狂児に近づく聡実君(ヤクザ相手にアドバイスを求められた時狂児に抱きついているとか)。はじめは嫌がっていたのに、狂児のために音域の合う曲を選んであげる聡実君。さらにラストの狂児の再開後の聡実君との距離の詰め方…もうさ、狂児がどれくらい自覚してるか知らんけど、これほぼ聡実君が特別な存在だって告白しているみたいなもんじゃんか?そして聡実君もまんざらでもない雰囲気…

だめだ。映画を見たお陰で原作の解像度が上がり、あらゆる仕草や距離感を、続編の聡実君と狂児の関係に結びつけるようになってしまい、一コマ一コマの細部までまったく見逃せなくなってしまったのです。きっとこれは、よい映像化だから。

映画とドラマの違いもあるのかもしれないけれど、原作へのリスペクトがあれば違う結果になっていたのでは…と他作品との違いに思いを馳せるメディアミクス体験でした。
いいねしたユーザ27人
レビューをシェアしよう!