もう少しだけ、そばにいて
」のレビュー

もう少しだけ、そばにいて

白野ほなみ

悲観とは何か

ネタバレ
2024年9月20日
このレビューはネタバレを含みます▼ コレを見て、一瞬で人生は変わるものだと思い出したことがあって。

余命1年と宣告されたのに宣告され1ヶ月で亡くなった父の存在。家族も、そして本人も病を受け止められないまま、駆け足で亡くなった父に、こんなにも世界は一瞬で変わるんだと20代半ばで身を持って知りました。
父の病は思い出せば前兆があり、家族一同、父の最期については後悔ばかりがあった為か、父が亡くなってから、周りも自分も変わりました。

未来に悲観して人生を終わらせたいという人に過敏になってしまい、結果的にその人と疎遠になったこと。
困っている人に過剰に心配してしまい相手に負担をかけてしまった事。
自分の子どもに、病気や身体に特徴がある方々や性指向等の自己愛に対して解いたり。
失敗しながらも、無理せず少しでも後悔しない生き方が出来たらなと思うようになりました。

作中に描かれている車椅子ユーザーの気持ち、一瞬で変わってしまった晴人の当事者としての気持ち。
家族になれないから大事な場面に立ち会えない事や晴人が直ぐにでもスイスに行ってしまうんではないかという不安から晴人との人生の為に自身のアイディンティティに蓋をした晃。
そして2人共悪くない、誰も責めれない状況を打破してくれた良い人すぎる先輩。
さらに然りげ無い手助けをくれる名も知らぬ人々。
全員が全員、良い人ばかりじゃないし良い事ばかりじゃない世の中で生きた晴人と晃が選んだ最期の地、スイス。
エピローグ…なんかまるでバージンロードを去る新郎新婦を見送る参列者の如く、2人が駆け抜けた人生に、拍手で見送りたい気持ちです。

…本人や寄り添った家族が、標準治療、先進医療、セカンドオピニオン、サードオピニオンと、闘病をやり尽くし「打つ手なし」と宣告され、後悔なく進んだその先に自ら「眠らせてくれ」と言った親族もおりました。
主治医も感心するほどの闘病の末、本人の最後の選択を、家族は受け入れました。

だから、晴人の症状が進む中で、晴人が正常な時に再度たくさん話し合い、喧嘩し、納得し、時に涙し、笑い、そしてたどり着いたスイスだったと思うのです。
だからこそ、一切の後悔なく進んだだろう2人の選択を
「良い旅を」と見送りたい。
そして、先生の「伝える」気持ちに対しての弛まぬ努力、確かに受け取りました。凄く、凄く読んで良かった。
書ききって下さり、本当に、ありがとうございます。
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