月影
」のレビュー

月影

SHOOWA

禍福は糾える縄の如し

ネタバレ
2021年9月6日
このレビューはネタバレを含みます▼ 『月影』と『逃げ水』の読後、この言葉が浮かんだ……。

晩年の清人を見れば、医業を全うし、子や孫に恵まれ、満ち足りた人生だったと周りは評するだろう。不運はあったが不幸ではなかった。苦しい恋に声を押し殺し泣いた日もあった。重ねた辛い別れは、しかし必ず次の出逢いをもたらした。それらは彼を励まし、愛し、絶望の淵から自らの人生を切り拓く力となった。


物語は、橋の欄干にちょこなんと腰掛け、川面を見つめる幼い清人の姿で締めくくられている。死の間際、思い出が走馬灯のように浮かぶと聞く。この姿は清人の最期に浮かんだ思い出か。見事に生ききり、納得した人生だったに違いない。 しかし彼が生涯欲して止まず、遂に得られなかったものを『逃げ水』だったと振り返ったなら、それは何だろう。物語の中で一度も触れることのなかった『ただひとつの存在』のことだとしたら……。 微笑みの浮かぶ幼い横顔がいたいけで切なく、胸がいっぱいになる。
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