only you,only
」のレビュー

only you,only

麻生ミツ晃

あの時、あの場所に、彼が来なかったら

ネタバレ
2021年8月12日
このレビューはネタバレを含みます▼ 昼間なのに、目を開けているはずなのに、目の前にかざした自分の手すら輪郭を失う、そんな闇しか見えないほどの絶望をご存知だろうか。
この作品を読み語ろうとする時、自分はもう明日には生きていないのだと思い詰めた20代の時のある夜の情景と、そこにいてくれたある友人の姿が心に蘇る。
愛情も憎しみもあらゆる感情が渾然一体で簡単に捨てられるべくもない家族との激しい軋轢が始まり、疲弊しきった10代の半ば、新たな火種を生むよりも家族の望むよう我を収めて自分の思考も感情も捨てる方が楽になれると、それから絶え間ない“譲歩”を続けた。
20代半ばのある日、もうこれ以上譲ったら自分はカケラも残らないという瀬戸際に立った時、ふっと、もういいか…と思った。もうじゅうぶん頑張った、という思いが静かに心に満ちてきた。当てつけでも何でもなく、ただ力不足だったからここまでが自分の寿命だったんだ、と。でも、こんなダメな自分だけど好きと言ってくれている人達に何も言わずに消えて今までの関係を裏切ることは絶対してはいけない気がして、1人の友人に電話をした。もう、だめかも知れない…と一言やっとの思いで告げただけなのに「すぐ行くからそこで待ってて」と深夜の高速を飛ばしてわずか30分で駆けつけ、助手席に座りポツ、ポツと話す私の右手を握ったまま黙って話を聞き傍にいてくれた。
須藤が、簡単に父親を切り捨てられる性格や思考の持ち主だったら、この物語は生まれてさえいないだろう。父親と真木と婚約者からそれぞれの“最後通牒”を突きつけられ、それぞれに対しあれかこれかでは割りきれない思いを抱きながら奈落の底でもがき苦しんだ末に、一瞬、死の誘惑に駆られた須藤を、真木が文字どおりこの世に繋ぎ止めた。あの場面こそが自分には最もリアルで、この物語の核心とも感じられた。あと少し何かがずれていたとしたら。あの日、あの場所に、あのタイミングで来ることができる可能性をもつ“唯一人”の人である彼が、もし現れなかったら。命を救い救われることもないし、互いの真意を知ることも、共に生きる人生もなかっただろう。
生きていて、生きていてくれて、本当によかった。きっと2人もそう思っているに違いない。

(思い入れがある作品ゆえ、フォロー様方のレビューと少し見解が違う部分はどうか平にご容赦を…)
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