この世界の片隅に
」のレビュー

この世界の片隅に

こうの史代

語り継いでいくべき事

ネタバレ
2025年6月3日
このレビューはネタバレを含みます▼ ドラマ・映画・舞台など、様々な媒体でメディア化もされてきた本作。戦後八十年の今年こそ、絶対に拝読したいと思っておりました。
私が今まで手に取った戦争がテーマの作品は、ほとんどが軍人さん・兵隊さんと戦場がメインに描かれたもの。市井の人々が主役となるお話を腰を据えて拝読するのは、こちらが初めて。
軍港の街・呉に嫁いだ主人公すずと、その夫の周作。彼ら二人、そして取り巻く人々の戦時中の日常が綴られていきます。

戦争には似合わない可愛らしい絵と、優しいタッチで描かれる当時の街並・素朴な暮らし。実際の都市や建物が登場することもあり、まるで実在の人物の人生史を見ているような気分に。
ホンワカでおっとりしたすず始め、作品全体の印象はほのぼのでホッコリ。しかしながら、次第に戦争は容赦なく激化していく。
すずたちが暮らす呉の上空に現れるB-29。化け物のように巨大な米軍の爆撃機…。愛らしいキャラたちとは非常にミスマッチであり、その恐ろしさを印象づけるには十分すぎました。
そしてすずは空襲によって目の前で親類を亡くし、自身は右腕を失うことに。その中で様々な葛藤がありながらも、彼女は周作とともに前を向いて生きていくのです。
作中で考えさせられた描写の一つが、あまりにも人が死にすぎて、次第にそれが異常だと思わなくなっていくということ。慣れというのは実に恐ろしいですね…。当時を思うと、現代の生活がどれほど幸福なのか身に染みます。
やはり辛いから、怖いからといって戦争について語り継ぐのをやめてはいけない。ご存命の戦争経験者がごく僅かになった中、こういった秀逸な作品がもっと生まれていくといいなと思います。
この作品は、もちろん戦争が背景にあるけれど、その悲惨さ暗さをただ描き連ねたものとは少し違います。人との密な関わりや、その上での心の動き、夫婦の愛が繊細に描かれた温かい物語でもありました。
拝読できて良かった。
いいねしたユーザ19人
レビューをシェアしよう!