このレビューはネタバレを含みます▼
自由になっても、何もない苑。
手に職をつけ料理を覚え、自立だってしているのに、自分の愛し方を知らず、何にも愛着を持たない、空っぽな苑。
ただ明渡だけが、昔と変わらずそばに居る。
前作で、全てを諦め別れを選んだ苑と、諦めなかった明渡。
新たな道を模索するふたりの、結末までをじっくり辿る。
事故の影響でブーストがかかっていた明渡だけれど、元来の強引さが無ければ、事故前後、手術前後関係なく、ふたりが一緒にいることはなかった訳で。
けれどもその強引さに苑が身を委ねているだけでは、結局は何処へも行き着かないし、いずれ関係は破綻する。
愛し、愛されても良い存在なのだと自分を認め、その上で明渡を選ぶ。とっくに腹を決めている明渡からではなく、苑からじゃなきゃ、本当の意味では前に進まないのだから。
本作は、ここから苑の内面を抉っていく。
かつての自分を思い出させる放置子・実留(みのる)と苑を出会わせ、拒絶させ、向き合わせることで、綺麗ごとだけでは済まされない救いを、一穂先生は用意する。
前作の明渡も救いとして完璧な存在ではなく、喪失は物語が残す爪痕を深くした。そして今回、当時の心情が語られることで、その混乱と覚悟を読者は目の当たりにする。
出した結論のブレなさは、子供の頃から一貫した明渡の強み。どんな苑でも受け止めてみせる度量の大きさに加え、常に本質を見極め、いつでも明るい方へと苑を導いてきた。
それが明渡という男の、強さと魅力。
紆余曲折とするけれど、決していたずらに不幸が訪れていた訳でも、振り回されていた訳でもない。動いた感情は、苑と共に救われました。新たな道の風景と願いが、不確かだからこそ、美しかった。
呑まなかったお酒を楽しみ、ほろ酔いで明渡に絡む苑が無防備で嬉しい。どんどん世界を広げて、明渡を焦らすといい…などと、そんな未来を想像しました。