ズタズタの腕にキス 【コミックス版】
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ズタズタの腕にキス 【コミックス版】

サノアサヒ

2回くらいならやりなおせる

ネタバレ
2025年6月21日
このレビューはネタバレを含みます▼ そうか、人生はあの野菜だったのか。なんだか勇気が湧いてきた。

オーキャンで見かけた高校生に一目惚れをしてしまった人見くんと、無事入学してきた新入生の茅ヶ崎くん。入れ替わりに卒業していた就職浪人の人見くんは、お金を払って新歓に潜り込むという荒技で茅ヶ崎くんの近くをウロつきます。始まって数ページから既に様子がおかしいという、私がサノアサヒ先生に求める面白さが全開で嬉しくなってくる。

容姿にコンプレックスを持つ人見くんの両腕にはリスカ跡があり、無難を目指している茅ヶ崎くんにはキューアグ性癖がある(キュートアグレッション、知らなくて検索しました。猫の耳を甘噛みしたくなるような衝動と同じだろうか?実際には噛まないけど)。こういった闇になりうる部分を、先生の作品はいつも最終的に全部ひっくるめて個性として扱ってくれる。弱い部分と戦う努力を認めて、弱いままでも救ってくれる。

化粧をした人見くんの見た目は、たゆまない(少し依存気味なくらいの)努力の賜物で、それは「生きていこう」という人見くんの強い意思。その中身は弱くて強くて、とても綺麗。自分の本性に不安を抱く茅ヶ崎くんも、それらを否定し抑え込む努力をしてきた。なのに理不尽な目に遭う人見くんの姿を見て「普通」のコスプレ剥がしちゃう茅ヶ崎くんはすごくカッコよかった。
こうして信頼関係が出来上がっていくんだな。心を開いていける相手になっていくんだな。そして、信頼した上での営みは最高すぎる。

化粧をすると理想の自分に近付くし、こうだったらいいなって思う容姿にはやっぱりなりたい。だけど人見くんが見せてくれたすっぴん笑顔の破壊力は格別。化粧をした可愛さとは別枠の、それは解放の証だから。全てを肯定する描き下ろしが美しくて、素晴らしかった。

脆くて不器用でただかわいいだけの存在。だけどタフで一生懸命で頼もしい。大切な人の傷跡を見るのは非常に苦しいものですが、見える傷も見えない傷も否定しない。先生のあとがきがとてもすてきでした。
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