キス
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キス

一穂ミチ/yoco

自由

ネタバレ
2025年11月8日
このレビューはネタバレを含みます▼ 家庭環境に恵まれなかった苑(その)と、苑を気に入り、気にかけてきた幼馴染の明渡(あきと)。
恋すら生まれていない小五の彼らが、男女のキスを目撃したことから、後の人生を変えていく。

心理描写が巧みで、苑の人生を思うととても辛い。淡々と受け止めるしか方法を持たない、どこにも行く場所がない苑の残酷な人生。親に虐げられる残酷、周囲から違う目で見られる残酷、失ったことに気が付いてしまう残酷。
特に両親の存在は最初から最後まで残酷で、どうしてくれんだと苑の代わりに胸ぐら掴んで罵りたい。散々放置していたくせに、最後のバイト代だとか手に職だとか、だから何だと思いたいのに、どうしたって切っても切れない存在の感触が生々しくて。親との関係を書くのが本当に上手だなと思う。

前を向くことが出来た苑は、決して弱い人間ではない。けれども、明渡の度を過ぎた執着がなければ、苑の人生は今ほど強くは歩めていない。いつか消えてしまいそうだった苑にとって、明渡の熱に浮かされたようなあの期間も、意味があったということか。
明渡をそうさせた、最初のキスから動き出した歯車が例え回っていなかったとしても、明渡と苑はお互いを求め合っていたのではないか。もしそうなっていたら、果菜子ちゃんを含めた3人の人生は、どんなものだったんだろう。

明渡の親戚で、明渡とはまた違った意味で救いである果菜子ちゃんは、苑にとって正しさであり、憧れであり、故に負目を抱いてもいる。早朝の駅でのシーンは、絡まった糸が解けたような、昇華されたような、清々しい許しがあった。女の子もまた、強い。

何かを読み終えた時に、どうしてこの物語が作られたのかなってよく考えるのですが、苑の残酷な人生に真っ向から向き合い、痛みを持って救う。不自由な彼が自由を選んで、自分の意思で歩き始めるようになるまで。そんな作品だと、私は感じました。
とりあえず明渡の言い分も聞きたいので続編読んできます!
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